カメラの沼の果てにあるもの。今年は何も買わないと宣言したけど、やっぱりカメラは買うべきだと思う。

こんにちは!前のめり(@maenomelife)です!

 

今回のテーマは、私のカメラの沼の果てについてです。

 

カメラ沼レンズ沼とはカメラ好きの方にはほぼ例外なくやってくる悪魔の誘い。

 

昨年末に今年は機材を買わないといいながら、実は機材をまるっと入れ替えました。

しかしこれは迷走でなく、確実に前進の為の買い替えだという言い訳をさせてください。

 

2週間くらいこの記事が喉につっかえていて、下書きから完成しないので、よくわからない記事ながら公開させていただきました。

私が沼で足掻きながらも、考えている機材の落とし所をつらつらと書いていきます。

 

写真に真剣だからこそ、買い換えてしまう理由を知る

勿論一つの機材を長く使える方もいますが、実際は私含め非常に多くの方が機材に振り回されてしまうんですよね。

あれもこれも欲しいって。

 

ひとつのものを長く使えるのもその人の才能ですが、逆に言えば、機材含め常により良いものを目指す行為こそ上達の為のプロセスともいえます。

 

ひとつ、面白い統計結果があります。

以前紹介した、ストレングスファインダー 。

 

この結果上位5項目について、世界平均と日本人の平均結果を比べると日本人特有の気質が見えてきます。

 

この記事ではテーマが異なるので詳しい説明は端折りますが、日本人が圧倒的に1番強い素質があります。

それが『最上志向』です。

 

最上志向とはその名の通り、1番を目指す、完璧を求めるという素質です。

仕事で資料作りに時間をかけるのも、細かいアラを探してくる上司も、全て日本人に多く見られる抗いようのない特徴なんですね。

 

これがカメラの趣味に適用されると、お察しの通り。

カメラやレンズも、ちょっとした収差が気になり、他にもっといいレンズは無いかと気になってしょうがない。

すこしのスペックアップでもつい手を伸ばしてしまうのは、自分の才能であり抗えないのです。

 

ちなみに私の素質も、上から4番目に最上志向を持っています。

 

勿論カメラやレンズを変えれば若干写真は変わります。

しかし、機材の性能に依存しているだけではただの薄っぺらい写真家になってしまいます。

 

最上志向を持ってるなら尚更、カメラやレンズと合わせて自分の知識や思考、スキルもアップデートしていかなければなりません。

 

いい写真を見て、どの機材で撮ったのかという疑問ではなく、どのように撮ったのかという視点も大事なんだろうと思います。

 

カメラやレンズだけではいい写真は撮れそうになさそうだというのが1つめの結論。

(自分もまだその域に達していないので、だろう表現です。)

 

スナップの世界では既に性能は飽和している

カメラ機材ってなぜか、次から次へと新しいものが欲しくなるじゃないですか。

冷静になって考えれば、どれも写真は綺麗に撮れるし、性能の違いなんて五十歩百歩なんですよ。

 

確かに解像度が上がれば、とりあえず画角気にせず撮れば後からトリミングしやすくなります。

ヒコーキや天体を撮るのであれば、高解像が欲しいし、車やスポーツの動体を撮るならば早くて正確なAFが欲しいです。

 

でも、私の好きなスナップ撮影では、もはや性能は60年前には実用十分の域に達しているんですよね。

収差も作品にはマイナスに作用しないし、もし詳細に描写したいなら絞ればいいだけ。

 

フォーカスだってマニュアルの方が、自在に撮れます。

ファインダーなんて、未だに60年前のカメラの方が平気で優れてます。

 

先日発表された某スナップ機も、解放時の滲みが改善されていましたが、むしろ開放は滲むくらいの方が絞った時とのギャップを楽しむことができて良いのではとも思っています。

 

おそらく最新の機材が必要なのって、被写体が遠くて、暗くて、引き伸ばしが必要な時なんだと思います。

 

つまり、新しい時代のレンズを追う必要は、私にはない。

まずは、無闇矢鱈に手を出すのではなく自分のしたい表現に必要な要素を考え抜くとべきいうのが2つめの結論。

 

中途半端なコレクションに価値はない

そんな中とあるTweetをきっかけに、機材に対する価値観が大きく変わることになりました。

 

残念ながらもうその投稿は削除されてしまっていたのですが、知り合いのライカのコレクターの方のお部屋を載せてらっしゃいました。

 

ライカを知らない方にご説明すれば、ライカは全てのカメラにシリアルナンバーが降られていて、製造台数などが分かるようになっています。

そして、その中でも黒色のものや、シリアルがキリ番だったり、軍用モデルだったりと、いくつかの少数しか生産されなかった激レアなアイテムが存在します。

 

そして、画面に写っていたライカは、平気でひとつ200万とかするものが、何十台も乱雑に並べられていました。

(もっと高いものが棚に飾られているそう...)

 

この勢いで、あらゆるレアライカがあるらしく、その総額は数億円は下らないそう。

収集の才があるからこそこれだけ集められるのであって、私がたとえお金があっても同じことをするのは不可能。

 

コレクションもまた重要な才能で、誰もができるものではない、アートの重要な要素のひとつです。

 

しかし、これらのカメラはコレクションとしての価値は計り知れないのですが、撮影機材としての価値はありません。

これらの機材は機械的に磨耗する事は許されず、ただ鑑賞の対象として存在しているからです。

 

私たちも、珍しいからとかたまに使いたいとか思いながら防湿庫の肥やしとなっている機材があるかもしれません。

 

しかしそれは、写真機材としての価値が失われかけています。

私のような一般人が資産の保護をしたところで、たかが知れています。

 

カメラは写真を撮ってナンボ。

更に言えば、自分のスキル以上のものを手にしても、それを使いこなせなければ機材の価値は発揮できません。

 

同じ画角で何本も持っているのなら、各1本にする。

若しくは、複数の画角のレンズを持っているなら、まずは同じ画角のレンズを何種類か使いこなせるようにする。

なんならレンズ1本でもいいです。

 

まずはそうやって表現の幅を広げていくことを目指していかなければいけないのだと思います。

 

ただ、このようにコレクションする方がいるからこそ、ライカの権威性は保たれています。

私達は、それにあやかってライカでいい写真を生み出していけばいいんだなと。

 

3つめの結論は、使わない機材に価値は無いということ。

 

自分に必要な機材を考え抜く

では、何が私たちに必要なのかと言えば、それは選ぶ力。

キュレーション能力です。

  

カメラやレンズはそれこそ星の数ほどに存在します。

それを多く学んで、自分の意思で最適なものを選択する能力です。

 

私は古いライカのレンズは人よりも詳しいと思います。

ただ、レンズ選びの正解はもちろんそれだけではなくて、もっとマニアックなフランスやスイスのレンズを好む人だって、最新のハイスペックレンズだっていいわけです。

 

ただ、この選ぶという行為は、得意な人は自然にできているだけで、誰にでもできることではないと思います。

 

今ある機材で、自分の思う表現はできないんだっけ?

レンズを買い換える事で、自分の目指す写真になるんだっけ?

そもそも、自分の写真ってなんだっけ?

 

思考が深まっていくごとに、自ずと必要な機材が見えてくるのだと思います。

 

自分が求める機材を考え抜いて、回り道せずに買うというのが、今私が考えている最も最適な方法です。

 

下記の記事にも、書いています。

 

僕らはカメラを買ってもいいんだ...!

新しい機材を買うのって、見て欲しいのと同時に、少し後ろめたい気持ちもあると思うんです。

すぐ買い換える。意思がブレブレ。マウンティングに思われるのではないかと。

 

でも、カメラを買うというのは自身の思考がアップデートされたということ

それに伴って表現技術も高めていけば、誰も文句は言えません。

  

いずれ全てから開放されたら、道具に関係なく好きな写真を撮れるようになるのかな。

 

私も、今まではなんとなく気になったものを買っていました。

やっぱり買ったばかりの機材、高価な機材って撮ってて気分がアガります。

SNS時代には承認欲求も満たされます。

 

でもそれって、いずれすぐ慣れて物足りなくなっちゃう。

終わりのない底なし沼なんですよね。

 

私は今、常用の機材は2台のカメラと2本のレンズしかありません。

ここから、あらためてスタートしていきたいと思います。

 

日々流れてくる情報に目移りして、なんとなく機材を買う人生は卒業しましょう。

 

おめでとう。(自分)

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