iPhone12 Pro Maxを買って思うライカと近未来のフォトグラフィ

こんにちは!前のめり(@maenomelife)です!

 

話題の、iPhone12 Pro Max買いました。

5Gは時期尚早だとか、バッテリーの持ちだとかTouchIDが無いとか色々言われてますけど、私的には今回の12はiPhoneX以降の集大成、そして今後のプラットフォームまでも見据えたiPhoneに仕上がっているなという印象です。

 

既に、iPhone12 を紹介する記事は日本語だけでも数え切れないほど存在していると思いますので、今回はカメラ性能が著しく向上しただけでなく、私達のメディア体験自体をハイレベルなものに昇華させるであろうiPhone12 Pro Maxと従来の写真機としてもカメラについて少し考察してみたいと思います。

 

iPhoneXのポートレート機能でスマホの写真レベルが上がったときに私が体験したことはこの記事にあります。

  

iPhone12 Pro Maxは私達のメディア体験を引き上げる

まず、従来のスマートフォンはブラウザ、LINE、メールなど情報端末としての役割が大きく有りましたが、今やYouTubeやインスタだけでなく音楽や動画のストリーミングサービスが当たり前になり、メディアを鑑賞するためのツールとしてのウェイトが増えているように感じます。

私の思うiPhone12の本質は、ディスプレイとカメラ性能の向上です。

 

まずディスプレイ。

12になり、全てのモデルで有機ELを搭載しました。

これは、使っている方なら分かると思いますが、色再現、特に暗部の描写性能が液晶ディスプレイとは天と地ほどの差があります。

12では、iPhoneXのものと見比べても明るさも質も更に向上しています。

大きさも見直され、わずかに大型化しました。

 

次いでカメラ。

性能については散々他で書きつくされているのでここでは省くこととしますが、3つの画角のカメラは11に比べ更に基本性能が向上しています。

また、LiDARセンサーという測距センサーが搭載されたことにより、特に暗所での空間認識精度が向上しています。

そして動画性能についてもDolby Vision HDRに対応し、より高品質のビデオを撮影することが可能になりました。

 

これらから私が思うに、iPhone12の本質は私達のメディア体験の向上です。

大型化したディスプレイは、一つの重要な役割を果たしています。

カメラは単体では、LiDARセンサーと強力なスタビライジングを与えられフォーマットには新たなApple ProRawという今後のスタンダードとなるRawフォーマットと、Dolby Vsion HDRが導入されました。

そして、ディスプレイの高品質、大画面化は、鑑賞だけでなく創作にも力を発揮します。

 

当然上にはiPad Pro、そしてMac Proがいますが、このMaxの真価は従来専用機又は別個に持ち歩く必要のあったデバイスが、普段所有するデバイスで完結できるようになるという事です。

これ一台あれば、プロレベルであってもクリエイティブワークが完結するデバイスという事です。

 

このMaxのサイズ感はたしかに大きいけれども、ジャケットやジーンズのポケットに入るという条件の中で許しうる限り最大化された絶妙なサイズ。

もうこれは、iPhoneじゃなくて、iCamera。

 

逆に、iPhone12,12miniはそういったクリエイティブな要素を除きその他のiPhoneとしての全ての魅力をミニマムサイズに閉じ込めた、成熟したiPhoneといえます。

 

トラディショナルなカメラとiPhone12のコンピューテーショナル・フォトグラフィ 

iPhoneXの頃から始まったコンピューテーショナルフォトグラフィは急速に成長していて、このiPhone12では、基本的にはiPhone11からの堅実な基礎光学性能の向上に加え、LiDARセンサーの搭載によって更に高いレベルに昇華しました。

 

何個か写真を交えながら。

これはiPhone12 Pro Maxの写真。

手前のバイクのフレームとその中の背景の奥行きも正しく認識され、自然なボケ感になっています。

 

細い葉と背景の境界がかなり自然に分離されています。

これらは、ニューラルエンジンの処理速度が更に高速化された恩恵によるものだと考えられます。

 

これらなんかは、もうどこからが機械演算によるボケかなんて全く見分けも付きません。

私のデスクですが、ハイライトもシャドウもしっかり残っています。 

 

例えば普通のカメラでは、逆光撮影時の明暗差の大きい環境では人間の表情、もしくは背景のディティールどちらかを犠牲にしなければならないし、それを解決するにはBKTで2枚以上の画像を撮影し合成する必要があります。

これはライカ、空は白で飛んで、影も潰れ気味です。

 

それが、iPhoneでは当然のようにシャドウもハイライトも一度のシャッターで二重取りできます。

空も葉の色もちゃんと記録されています。使いやすさの次元が違います。

 

更に発展して、ナイトモードという機能も強化されました。

本当はビル群とかに効くんですが、こんな感じで夜景(暗所)撮影が非常に簡単にノイズレスに美しく撮影できます。

ちょっといい作例がありませんが、上のような光源すらなくてもノイズレスで撮影できるくらい優秀です。(長時間露光に耐えうる強力な手ブレ補正の賜物)

 

そして、純正の写真アプリで色をモノクロにし、少し弄ってあげれば・・・

いやもう、ライカ顔負けのスナップフォトになってしまう。

 

ちなみにこちらがライカ。

 

iPhone12
LEICA M10
Phone12
LEICA M10

 

こんな感じ。

  

これまでの旧来のカメラが、技術や、光学性能、手間をかけるなどによってカバーしていたシーンの撮影が、スマートフォンでは1タップで完結してしまうというわけです。

 

レンズの制約上、まだ解決できていないこともありますけどね。

 

これらのように従来のカメラの最も大きなメリットでもある、巨大なセンサーとレンズが全く別のアプローチでカバーできてしまうというのはひとつ肝に銘じておかねばなりませんね。

 

このまま行くと、昨今の販売が伸び悩んでいるような普通の一眼レフやミラーレスカメラは存在価値も無くなってしまいそうです。

これまでは写真が好きでカメラを持っていた人は、スマートフォンでは実現できない画質の良さの為であったという人も多いと思いますが、確実にこの画質の差は狭まってきています。

それに、iPhone以外では、望遠性能や高画素など、より物理的なカメラ性能に力を入れているスマートフォンもあります。

 

更に言えば、これまでは所詮スマホはスマホでした。全自動できれいな写真が撮れるけど自身の介入できる領域は殆どありませんでした。

しかし近い将来にApple Pro Rawが実装されれば、拘りたい人はRawから自分で現像することで、写真作家や趣味で写真をしている人にとっても作品としても十分出せるような写真が撮れるようになります。

 

特にレンズが好きな人がこだわるポイントのボケの質感についても、今はf値の変化によるボケ感の変化しかできませんが、いずれApple純正アプリの中で調整ができるようになる未来が来るかもしれません。(他アプリでは既にできる)

 

そうなれば、センサーサイズが小さくレンズが交換できなくても、フルサイズでツァイスやライカのレンズで撮影した写真のように自在にボケの大きさ形を調整できるようになります。

さて、そんな世界がすぐそこまで来ているわけですが、そうなったらわざわざ大きなカメラとレンズを持って撮影する理由はそれでも見出すことができるのでしょうか。

 

ライカとスマートフォンとこれからのカメラのかたち

ライカはカメラの本質とビジネスをよく理解していると思います。

知らない方もいるかもしれませんが、ライカはHuaweiとの協働でスマートフォンのフォトグラフィにも進出しています。

いずれセンサー性能が向上すれば、今のライカのデジタルカメラと遜色ない写真がスマホで撮れるようになるでしょう。

 

そしてそれとは別に、私の愛用しているM型や、画質を追求したS,SLシリーズ等従来のカメラについても、最高品質の最上位の地位を確立しています。

つまりライカは従来のカメラと、スマホの両輪が回っているということ。

 

今ライカと同じく両輪がしっかりしたメーカーは他にはSONYくらい。

そしてスマホは着実に性能面で従来のカメラの性能に追いついて、そのメリットを食っています。

 

フィルムカメラからデジタルカメラに主権が写ったのと同じように、デジタルカメラからスマートフォンに主権が移るのも至極当然なことで、これに対応できていない企業は、この時代にフィルムカメラやフィルム・印画紙を健気に作っているのと同じことです。

それ自体は無くならないけどもごく一部の拘りを持った人にのみ受け入れられるものに専用機としてのカメラは既になりつつあります。

 

私も、もはや簡単きれいに家族写真を撮りたいだけなら、私は下手なミラーレスよりもiPhoneのようなハイエンドスマホを勧めますよ。

 

ではなぜ私がM型を使うかといえば、それはこれまでも言ってきたように撮影体験の為。

スマホでは1タップで完結するプロセスをわざわざ自分の身体を用いて行うことで、より写真に向き合うよう習慣づけをすることができます。

 

カメラの本質は、たとえスマホの画質がデジタルカメラと並び追い越そうとも、露出を読み、ファインダーを覗きフォーカシングしてシャッターを切るというオスカー・バルナックが形にしたその行為そのものに宿っていると思います。

 

既に、綺麗に写る写真撮りたいならiPhoneでいいじゃん?っていう時代です。

デジタルネイティブにフィルムが受けてるのは、情緒的な(エモい)画がほしいだけで、別にフィジカルなフィルムの保存性とかそんなものに固執している人はほとんどいないと思います。

 

スマートフォンのコンピューテーショナルフォトグラフィーは、そう遠くない未来にもフィジカルな交換式レンズを光が通って写った画像、つまり物理現象によって生まれた画像と同等の写真を演算によって得ることができるようになります。

そうして残るのは、簡単に誰でもが撮れるフルサイズカメラで撮ったような美しいデジタル写真です。

 

しかし、それは美しく物事を記録するだけなら用は足りますが、写真で何かを表現したい人にとっては、画一的な画質の追求だけでは力不足になります。

そこではじめて今あるデジタルカメラというものに必要なものが見えてくるのではないでしょうか。

 

コンデジを完全に食って、今や一眼レフやミラーレスも殆ど食ったスマホのデジタル写真は9割9部の人がなんの不便もないレベルにまで高性能化されるでしょう。

そして、フィルムカメラ、交換式レンズ、そしてデジタルカメラなどのフィジカルな分野ではより古きものに価値が生まれはじめている気配を既に感じています。

 

日本のカメラメーカーの未来を憂う気持ちも分かりますし、まだまだバズーカレンズをはじめとした交換式レンズのカメラが強いのも分かりますが、長く写真を楽しみたいと思うならばこそ将来の写真について考えて、自分自身の写真に対する考えについて確固たる理念を持ち合わせたいものです。

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事